国民一人当たりの借金、冷静に考えるべき3つの論点

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国民一人当たりの借金というテーマは、特に政府債務の増大が注目される中で、多くの議論を呼んでいます。時折、このテーマは「日本国民は膨大な借金を背負っている」という形で論じられ、不安を煽るような表現が見受けられます。しかしながら、ここには重要な事実がいくつか見落とされています。それらを踏まえ、冷静に検討する必要があります。本稿では以下の視点から、この問題を否定的に捉える理由を考えます。

  1. 債務者は国であり、国民は家計を通じて債権者でもある まず、国の債務というのはその大部分が国内で消化されていることを理解する必要があります。日本政府の国債の約9割は国内の金融機関や個人が保有しています(参考:財務省統計)。これは、家計を通じて国民が間接的に債権者として機能していることを意味します。そのため、国の債務は単純に「国民一人当たりの負担」として語るべきではありません。 それにもかかわらず、この構造を無視した議論が、「将来世代に負担がのしかかる」といった形で展開されがちです。しかし、債権者が国民である以上、その論理には限界があります。例えば、国債発行により得た資金が教育やインフラ整備といった長期的な投資に用いられる場合、むしろ経済の活性化や将来の世代に利益をもたらす可能性があります。
  2. 巨額の国外債権が存在している点 日本は世界屈指の対外純資産国として知られています。2022年末時点では、その規模は約418兆円にも上ると報告されています(参考:日本銀行「対外純資産状況」)。この額は、国内債務の負担を考慮する上で重要な背景となります。 国債の「借金」にばかり注目すると、こうした資産側の視点が欠落してしまいます。しかし、巨額の国外資産を持つことで、ある程度のリスクヘッジが可能であり、全体的な国家財政の健全性を評価するにはこうしたバランスの視点が欠かせません。
  3. 否定的に見るべき理由 以上の論点を踏まえると、単純に「国民一人当たりの借金」という表現で論じることは誤解を生む可能性があります。政府債務の増加自体は確かに慎重に監視されるべき課題です。しかし、国内での債務消化、巨額の対外純資産、さらに政府支出の質(短期的な消費支出か、長期的投資か)を考慮しない一面的な議論は、むしろ国民の不安感を無駄に煽るだけに終わる危険性があります。

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